さよなら独身貴族 西部劇編

西部劇、戦争映画、時代劇について書いていくブログ。たまに書評。

『いま世界の哲学者が考えていること』の紹介

『いま世界の哲学者が考えていること』についてざっくり紹介する。内容は第1章以外は平易でブックガイドとしてまた世界で議論になっている事柄の見取り図としてよくできていると感じた。

第1章は哲学・思想の潮流について、構造主義ポストモダニズムについて概説したのち、現在のおもな思潮のうち思弁的実在論マルクス・ガブリエルの新しい実在論を中心に紹介する。このあたりは前提となる知識がないと読みにくいと思われるが、現在どんな議論がんされているかをおおざっぱに知るにはちょうどよい。

第2章は情報テクノロジーについて。SNSフーコーの「監視社会」と関連付けて語られる。GoogleFacebookによる監視はパノプティコンを越えているといわざるをえないだろう。またビッグデータ人工知能(問題のある用語だが)やIoTは人類を豊かにするか危険に晒すかといういわゆりシンギュラリティについても言及される。

第3章はバイオテクノロジーについて。体細胞や生殖細胞での遺伝子編集が技術的に可能になるのはとうぶん先のことだが、これは倫理的な問題を盛大に発生させることは間違いないので今からそれに即した思想を準備しておく必要がある。他にクローン人間、再生医療が実現するかもしれない不老不死、犯罪者予備軍の隔離、人類という概念の終わりなどなど。これらにまつわる賛否両論を把握できるのでこの章が一番面白かった。できれば人工子宮やサイボーグ・フェミニズムにも触れてほしかったが。

第4章は資本主義にまつわる諸問題。格差は本当に悪なのか、ネオリベラリズムやグローバリゼーションの賛否両論、フィンテックや仮想通貨により資本主義は終わるのやいなや。特にネオリベラリズムやグローバリゼーションの成り立ちや意味をいまいちど正確に把握することは批判するうえで大事だと思われた。資本主義の終わりについては加速主義やマーク・フィッシャーも引用してほしかったところ。

第5章は宗教について。人類の近代は脱宗教化、自然科学の浸透の歴史であったといえる。グローバリズム、マルチカルチュラリズム、文明の衝突といった事象を考える上で世俗と宗教という思考ツールは必須であろう。嬉しかったのはミシェル・ウェルベックの小説『服従』が取り上げられていたこと。やっぱり重要な作品なんだな。

第6章は環境問題。土地倫理、ディープエコロジー、環境プラグマティズムなど耳慣れない言葉がたくさん出てくるが解説はわかりやすい。環境保護生態学、グリーンエネルギーなど自然科学的な側面ばかり耳に入ってくるが、倫理として考える人達もちゃんといるんだなあと感心した。新しい知識を得られたのはこの章だった。

浅く広くという意図で書かれたのだと思うが、けっして浅薄ではない。冒頭に述べたようにブックガイドとしても見取り図としてもおすすめできる内容である。