さよなら独身貴族 西部劇編

西部劇、戦争映画、時代劇について書いていくブログ。たまに書評。

川北稔『イギリス繁栄のあとさき』の書評、Brexitにちなんで

イマニュエル・ウォーラーステイン『近代世界システム』の訳者として知られる川北稔氏の英国近代史概観。本書が書かれたのは1995年の阪神淡路大震災のあとくらい、つまりバブル崩壊が明確となる時期である。著者は19世紀末以降の大英帝国の衰退は20世紀末以降の日本にあてはめようとしている様子があり、はたしてそのとおりの長期停滞にはまってしまっている。

英国はイングランド銀行設立いらい金融立国。第二次百年戦争でフランスに勝てたのはイングランド銀行およびオランダからの資金で国債をスムーズに消化できたので軍隊の編成が容易であったため。工業国であったことはほとんどなく(産業革命不在論)、一貫してジェントルマン資本主義の国であった。ジェントルマンとは地主、植民地の不在地主、金融関係者など。彼らは帝国内外に資本を保有金利生活者であった。マンチェスターバーミンガムの工場経営者が舵をとったことなどなかった。

オランダは18世紀前半にヘゲモニーを失うにつれ世界における有利な投資先を失い、だぶついた資金は英国に向かうことになった。19世紀末に英国がヘゲモニーを失うと南北戦争を終えた米国に資金が向かうのと相似である。商業や工業が停滞しても金融の優位は残るというのがウォーラーステインの主張で、オランダ、英国はそのとおりになったし、もしかしたら現代の最強債権国家である日本もヘゲモニーを握ることはなかったものの、同じ道を歩んでいるのかもしれない。

興味深いのは英国の衰退過程は二世紀以上にも及ぶ歴史があり、その粘り腰は驚異的でさえあるという論だ。たしかに英国はいまだに旧植民地などから移民をひきつけているし、Brexitのこともあり注目を集める国家であり続けている。生活水準は(日本もそうだけど)、「周辺」であったり低開発化(未開発ではない)された地域よりもはるかに高い水準を維持している。ひとつには英語という大英帝国の遺産を次のヘゲモニー国家である米国が引き継いだことで、共通語の地位を維持したことがあるだろう。英国が脱退してもEUでは英語が使われ続ける(アイルランドのことはいったん忘れよう)。

アイルランドといえば低開発化の象徴のような国だ。カリブ海やインド違ってすぐ隣なのに生産性や生活水準は英国よりはるかに劣る。低開発化とは近代世界システムに組み込まれることでモノカルチャー化などにより工業化がすすまないというウォーラーステインの概念である。農作地として不毛だったニューイングランドや、鎖国していた日本はこれに組み込まれなかったために低開発化されず未開発ですんだのである。これは東アジアの一部地域をのぞき途上国がいつまでたっても先進国にキャッチアップできないことを理解するのに重要と思われた。

まとめ。20年以上前の本なのにとても興味深い、かつ平易で読みやすい。ウォーラーステインの超長い近代世界システム論の入門書としても素晴らしいし、英国の近代史についてざっくり把握するのにもとても良い。古い本だし、そもそも私が門外漢なので、out-of-dateになっている部分もそれなりにあると思うが、それを差し引いてもおすすめできる。